安定は「固めること」ではなく「崩れても戻れること」 | 福岡の大濠にあるピラティス・ヨガ スタジオKANON(カノン)

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身体のこと

安定は「固めること」ではなく「崩れても戻れること」

「体幹、安定してますね。」

こういう言葉を、私たちはけっこう気軽に使います。

 

ぐらつかない。

姿勢が崩れない。

片脚でも立てる。

お腹に力が入っている。

 

こういう状態を、まとめて「安定している」と呼んでいますよね。

 

でも、動かないことが、

本当に安定なんですかね。

 

前回は、姿勢は身体の現在地だという話を書きました。

今回はその続きで、そこから動くために要る「安定」の話です。

 

 

建物の安定と、身体の安定は違う

 

建物は、動かないから安定しています。

机も、地面も、そうですよね。

 

でも人の身体は、生きているかぎり止まりません。

心臓は動くし、呼吸のたびに肋骨は膨らむし、血液は流れ続けています。

 

立っているだけでも、重心はずっと小さく揺れています。

完全に静止した瞬間は、一瞬もありません。

 

それでも私たちは、立っていられます。

つまり人の安定は、動きを止めることではなくて、動きながら崩れないことなんですよね。

 

 

片脚で立っている人は、止まっていない

 

片脚立ちを見てみます。

外から見ると、止まっているように見えます。

 

でも身体の中では、足首まわりの筋肉が細かく働き、

膝と股関節の位置が調整され、骨盤がわずかに動き、

体幹も頭も小さく揺れています。

止まっているのではなくて、休みなく調整し続けているから、

結果として倒れていないだけです。

 

安定しているから動かないのではなくて、

動き続けているから安定して見える。

 

順番が、逆なんですよね。

 

 

歩くことは、倒れ続けること

 

歩くという動きは、安定した場所から、

わざわざ不安定な場所へ自分を移す行為でもあります。

 

重心を前へ送る。

身体が前に倒れはじめる。

 

倒れきる前に、次の足が出て受け止める。

そしてまた、前へ倒れる。

 

歩行は、倒れることと受け止めることを、ひたすら繰り返しています。

 

だから安定と不安定は、反対のものではありません。

安定の中には、いつも不安定が含まれています。

 

 

固さは、安定ではなく防御かもしれない

 

筋肉が張っていて、関節が動きにくい。

そういう身体を見て、安定していると思う人はいないと思います。

 

むしろ、ゆるめたくなります。

 

でも、ゆるめても、次に会うとまた固い。

そういう方、いませんか。

 

身体は、危ないと感じると力を入れます。

転びそうになった瞬間も、痛みがあるときも、足元が不安なときも、筋肉の働きが増えます。

これは、身体に備わった守り方です。

 

その固さが守りとして選ばれているなら、ゆるめても、固くなる理由のほうは残ります。

だから、また戻ってしまう。

 

安定させようとして固めるのと、守るために固まってしまうのは、見た目が似ています。

でも、中身は逆です。

 

 

安定は、力よりタイミング

 

安定を、力の大きさだけで説明するのはむずかしいです。

大事なのは、いつ、どの方向へ、どのくらい力を出すか。

 

同じくらいの筋力の方が二人いても、片方はなめらかに動けて、

もう片方は動くたびに身体を固める、ということが起こります。

 

この差は、筋力の差というより、神経系が

力の出し方をどう組み立てているかの差なのだと思います。

 

だから「弱いから鍛える」の前に、

いつ働いていて、いつ休んでいるのかが大事です。

 

 

身体は、動く前から準備している

 

腕を前に上げる、という単純な動きがあります。

このとき、腕だけが先に動くわけではありません。

 

腕が前に出れば重心が前へずれるので、

その前に体幹や脚のほうで支える準備が始まります。

 

予測的姿勢調整(APA:Anticipatory Postural Adjustments)と呼ばれるはたらきです。

 

崩れてから直しているのではなくて、崩れる前に準備している。

つまり安定は、反応の速さだけの話ではなくて、

これから起きることを予測する力でもあるんですよね。

 

痛みが長く続いている方では、

この準備のタイミングが変わるという報告もあります。

 

だとすると、必要なのは強くすることより先に、

動く前の準備がまた働けるようにすることなのかもしれません。

 

 

背骨は、固めるところではない

 

背骨は、頭と骨盤をつないでいます。

腕の動きも脚の動きも、背骨を通って伝わります。

 

呼吸のたびに肋骨が動いて、そのたびに胸椎も動きます。

だから背骨を安定させるというのは、背骨をまっすぐにすることではありません。

 

首は、頭を運べるように動く。

胸のあたりは、呼吸と一緒に動く。

腰のあたりは、骨盤とやりとりしながら体重を受ける。

 

必要なところが必要なだけ動けて、そのうえで全体を支えられる。

それが、背骨の安定なのだと思います。

 

 

安定した身体は、崩れることができる

 

本当に安定している身体は、崩れることができます。

 

重心を前に送れる。

横に移れる。

しゃがめる。

跳べる。

そして、そこから戻ってこられる。

 

日常でも同じです。

つまずいたとき。

電車が揺れたとき。

段差を踏み外したとき。

 

必要なのは、絶対に崩れない身体ではなくて、

崩れた瞬間に次の一手を出せる身体なんですよね。

 

 

安定している身体には、余白がある

 

安定している方の身体には、余裕があります。

いつも全力ではありません。

いつも力が入っているわけでもありません。

 

必要なときに、必要なだけ、必要な方向へ出している。

 

がんばって安定させている身体より、

がんばらなくても安定できる身体のほうが、

本質に近いのかもしれません。

 

これは、私たち自身にも言えることだと思っています。

相手の身体を正しい位置に持っていこうとして、自分が力んでしまう。

 

でも本当の技術は、最小限で、

身体が自分から安定を取り戻すのを手伝うことなんですよね。

 

 

安定は、どこか一か所にあるものではない

 

目から入る情報。

耳の奥の前庭から届く情報。

関節や筋肉から届く情報。

足裏の圧。

呼吸。

背骨や関節の動きやすさ。

筋肉の働き方。

そして、それを束ねている脳。

 

これが全部からみ合った結果として、私たちは安定しています。

だから、どこか一か所を鍛えたら安定する、という話にはなりにくいんですよね。

 

 

次は、バランスの話

 

安定とは、崩れないことではありません。

崩れても、戻ってこられること。

動いても、自分を見失わないこと

必要なときに力を出して、要らないときには抜けること。

 

では、その「戻る」と「動く」を、身体はどうやって選んでいるのか。

次回は、バランスの話を書きます。

 

 

一緒に学べたら嬉しいです

 

ピラティスの先生、セラピストさんへ。

身体の仕組みを一緒に深めていく学びの場もやっているので、よかったら覗いてみてください。

 

「あれ、なんでだろう?」が言葉になっていく感覚を、ぜひ一緒に愉しめたら嬉しいです。

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