
「姿勢を良くしましょう」
「背すじを伸ばして」
「骨盤を立ててください」
私たちは、子どもの頃からずっと、こうした言葉を聞きながら育ってきました。
だから多くの人が、「正しい姿勢」という完成された形がどこかにあると信じています。
でも、身体の仕組みを深く見ていくと、実はこの前提そのものが違っていることがわかります。
人間の姿勢や歩き方は、「正しい形を保っている状態」ではなく、
脳と神経が状況に応じて作り続けている調整の結果なのです。
私たちは、立っているときでさえ完全に静止していません。
目に見えないほど小さく、前後・左右に揺れながら、倒れない位置を探し続けています。
この揺れは「不安定だから起きている」のではありません。
むしろ逆で、揺れながら調整すること自体が、安定の条件なのです。
身体は、
・床の硬さ
・靴の違い
・視線の向き
・周囲の人や物の位置
・疲労や緊張の程度
こうした情報をすべて受け取りながら、「今この瞬間に一番安全で効率のいい姿勢」を作り直しています。
つまり、姿勢とは固定された形ではなく、絶えず更新されるプロセスなのです。
人が二本足で立ち、歩き、方向を変え、止まる。
この一連の動きは、筋肉だけで実現しているわけではありません。
身体の中では、いくつもの神経システムが同時に働いています。
まず、背骨の中にある脊髄や脳幹は、歩行のリズムや姿勢を無意識のレベルで支えています。
ここには、歩くための基本的なリズムを生み出す仕組みがあり、私たちは「歩こう」と意識しなくても歩けます。
一方で、大脳は、
「どこへ向かうのか」
「今は止まるべきか」
「人を避ける必要があるか」
といった判断を担っています。
さらに、視覚・前庭感覚・身体の感覚、そして安心や恐怖といった感情も
すべて姿勢や歩き方に影響を与えています。
こうした情報が統合されて、その場・その瞬間に最適な動きが選ばれているのです。
だから「正しい姿勢」は一つに決められない
この仕組みを考えると、「この形が正しい姿勢です」と決めること自体が、
本来の身体の働きと合わないことが見えてきます。
なぜなら、
・信号待ちで立っているとき
・重い荷物を持っているとき
・人混みを歩くとき
・疲れている日、元気な日
それぞれで、必要な姿勢は違うからです。
にもかかわらず、形だけを意識して無理に姿勢を固定しようとすると
身体はかえって不自然な緊張を生みます。
その結果、
「頑張って姿勢を良くしているのに、疲れる」
「すぐ元に戻ってしまう」
ということが起こるのです。
姿勢が崩れるのは、神経の調整力が弱っているサイン
年齢を重ねると、転びやすくなる人が増えます。
これは単に筋力の問題だけではありません。
・バランスを無意識で調整する力
・動きを予測して準備する力
・周囲を見て判断する力
こうした神経の連携そのものが、少しずつ弱くなっていくことが大きく関係しています。
姿勢の崩れや歩行の不安定さは、「形が悪い」のではなく
調整する力がうまく働いていない状態と考えたほうが自然です。
だからこそ、姿勢を整えるために本当に必要なのは、
「正しい形を覚えること」ではありません。
必要なのは、
・身体の感覚に気づくこと
・呼吸と動きをつなげること
・揺れやズレを感じ取り、戻れる力を育てること
つまり、神経の再学習です。
ピラティスが姿勢や歩き方に効果的なのは、形を強制するからではなく
こうした調整力を丁寧に呼び覚ましていくからです。
姿勢は、努力の結果ではありません。
今の身体の状態、気持ち、生活のリズムが、そのまま表れています。
だから、無理に直そうとしなくていい。
まずは、「今どうなっているか」に気づくこと。
そこから、身体は少しずつ、自分で整い始めます。
最後に「正しい姿勢」は存在しません。
でも、「その人にとって自然な姿勢」は、必ずあります。
形を追いかけるのではなく、動きの中で調整できる身体へ。
それが、長く安全に動き続けるための、いちばん確かな道だと私は考えています。